東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)149号 判決
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであること、引用例に本件審決認定のとおりの成分及び成分範囲(組成)から成るガスタービン等に用いられる耐クリープ性及び耐熱性を有するニツケル基合金が記載されていること、本願第一発明の合金と引用例の合金との間に本件審決認定のとおりの性質ないし用途上の相違点(イ)、(ロ)が存することは当事者間に争いがない。
二 取消事由に対する判断
前示のとおり、本願第一発明と引用例記載の発明との間に本件審決認定のとおりの性質ないし用途上の相違点(イ)があることは原告の認めるところであるが、原告は、右の点についての本件審決の判断を争うので、まずこの点について検討する。
1(一) 前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証の二ないし四(昭和四四年六月四日付、昭和四六年一月二二日付及び昭和四九年三月二二日付手続補正書)、特に、甲第二号証の二(昭和四四年六月四日付手続補正書)の第一頁第二〇行ないし第二頁第七行、第三頁第一五行ないし第一七行、第四頁第三行ないし第七行、第五頁第六行ないし第一三行、第六頁第八行ないし第一六行、第七頁第四行ないし第八頁第三行、第一三頁第一行ないし第六行の記載並びに第1表ないし第10表(別紙(一)の第1表ないし第10表)及び第1図、第4図(別紙(一)の第1図及び第4図)の記載、及び右明細書を補正した甲第二号証の三(昭和四六年一月二二日付手続補正書)第三頁ないし第五頁の訂正表、甲第二号証の四(昭和四九年三月二二日付手続補正書)第二頁第四行ないし第九行及び第三頁第一三行ないし第一六行の記載を総合すると、本願第一発明は、鋳造合金、特にガスタービンエンジンのタービンブレード等に用いられる耐クリープ性及び耐熱性を有するニツケル基合金に関する発明であつて、従来、九二七ないし一〇六六℃(一七〇〇ないし一九五〇°F)の範囲内で有効に使用することができる別紙(一)の第2表に示されるような成分及び成分範囲を基本とする合金、具体的には別紙(一)の第1表記載の合金AないしEのような組成の公知のニツケル基合金には七六〇℃(一四〇〇°F)付近の温度域(中間温度)に一般にいわれる展性の谷(展性が低下している域)が存することは知られていたが、本願第一発明はそうした合金の中間温度における展性の改善をはかることを解決課題ないし目的とし、所定量のハフニウムを添加することが右合金の展性の改善に寄与するとの知見に基づいて、これを右合金の組成に必須のものとして加え、本願第一発明の要旨のとおりの一〇三八℃までの温度で応力下に使用するニツケル基鋳造合金の構成を採用したこと、本願第一発明は、合金の組成として、特に、一〇三八℃までの温度で応力下に使用するという用途に適した性質を有するニツケル基合金(別紙(一)の第1表及び第2表に示された合金)に重量で〇・七ないし四%のハフニウムを添加使用すること、及びその性質ないし用途として、ハフニウムの添加によつて約七〇四ないし八七一℃の温度範囲(中間温度)における改善された展性を示し、かつ、七六〇℃の応力下における向上した先行クリープパーセントを示すという性質を具備することを発明に欠くことのできない構成として採用することにより、七〇四ないし八七一℃という中間温度で高応力のかかる、例えばジエツトエンジンのタービンブレード等へのニツケル基合金の利用を可能ならしめ、ニツケル基合金の用途の拡大に寄与し得たものであることが認められる(その実験データは、別紙(一)の第4ないし第10表、第1図及び第4図に示すとおりである。右各表の実施例番号欄中の「合金B」とは第1表のB欄記載の組成の合金を指し、「2-1」は合金Bのうち第3表のHfを除く合金2欄記載の組成に〇・五%のハフニウム(各表の左から第二欄に記載の数値)を添加した合金を指す。)。
(二)(1) 他方、前示のとおり、引用例に本件審決認定のとおりの成分及び成分範囲(組成)からなるガスタービン等に用いられる耐クリープ性及び耐熱性を有するニツケル基合金が記載されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例には、「本発明は、少なくとも三五%のニツケル及び硬化元素を含有する合金の熱処理法に関する。本発明は、特に高温高応力下の使用に適する高度に合金化されたニツケル基合金を熱処理する方法に関する」(第一頁第八行ないし第一五行)との記載があり、引用例記載の右発明に至る経緯について、「適当な高い強度を有する合金が発見されたが、その合金の機械的強度は展性を犠牲にして、特に使用温度に長時間さらされた後の耐衝撃性を犠牲にすることにより得られたものであつた。かかる合金に特殊な熱処理を施すことにより、合金に必要な強度を維持したまま展性及び適当な耐衝撃性を実質的に保持安定化し、もつて操作条件下でもこれらの特性が実質的に低下しないようにすることを、思いがけなく発見した。」(同頁第四七行ないし第六一行)との記載があり、また、右熱処理の方法は、<1>ニツケル基合金を一一五〇ないし一二五〇℃の温度で飽和固溶体を得るのに十分な時間溶体化処理し、<2>溶体化処理温度から八〇〇ないし一一〇〇℃の所定の温度まで毎分〇・五ないし五℃の速度(過剰の析出物、すなわち金属間化合物が合金の結晶粒界にほとんど又は全く移動しないような速度)で冷却し、<3>次いで、合金を前記所定の温度から冷却(急冷又は徐冷)する、という工程からなる。従来の熱処理法とは異なる特殊な熱処理法である(同第一頁第七二行ないし第二頁第一一行)との記載があり、右熱処理の対象とされる合金については、前示本件審決認定のとおりの組成から成る合金が「好ましい」(第二頁第一九行ないし第四五行)合金で、「ニツケルは少なくとも三五%であり、アルミニウムとチタンの合計は少なくとも五%であり、モリブデン又は、一種又は二種以上の硬化元素(タングステン、ニオブ、ハフニウム、タンタル、バナジウム、ホウ素、ジルコニウム、ベリリウム)と組合わされたモリブデンが一%以上存在する(ただし、合金中に存在する個々の硬化元素の量はいずれも上記最大値を越えないものとする。)」(第二頁第四六行ないし第五五行)との記載があることが認められる。
(2) 右事実によれば、本件審決認定の前示引用例の合金とは、展性改善等のための特殊な熱処理の対象とされる合金のほか、右熱処理された合金をも含むものであつて、ハフニウムは、タングステン、ニオブ、タンタル、バナジウム、ホウ素、ジルコニウム及びベリリウムと同様に硬化元素として意味付けられた任意成分であり、右各元素から任意に選択される硬化元素を含む前記熱処理前の合金は、適当な高い強度を有するものの、その機械的強度は展性等を犠牲にすることによつて得られたものであり、また、前記硬化元素のうちのジルコニウムとホウ素を含む前記熱処理後の合金は、右熱処理によつて強度を維持しつつ展性及び耐衝撃性を実質的に保持安定化し得たものと認められる。換言すれば、引用例には、硬化元素を添加して展性等を犠牲にして機械的強度を高めた前記熱処理前のニツケル基合金と、前記熱処理によつて右合金の展性等を改善したニツケル基合金が開示されているものと認められる。
しかしながら、引用例を精査するも、そこに開示されていると解される合金は、ハフニウム等が硬化元素として作用する合金だけであつて、前記熱処理前の合金であれ、熱処理後の合金であれ、それらの合金が一〇三八℃という用途に適した性質を有するニツケル基合金であること、右合金にハフニウムを重量で〇・七ないし四%添加すること及びそれにより右合金が約七〇四ないし八七一℃の温度範囲(中間温度)において改良された展性を示し、かつ、七六〇℃での高応力下における耐クリープパーセントを示すという性質を具備するとの記載や、右事実を示唆する記載は何も認められない。
2 そうであるとすれば、引用例の記載事項からは、相違点(イ)、すなわち、本願第一発明の合金が、ハフニウムを含有することにより、室温並びに約七〇四ないし八七一℃の温度における展性を改善する点が容易に想到し得たものと解することができないばかりか、本願第一発明の「一〇三八℃までの温度で応力下に使用するという用途に適した性質を有するニツケル基合金(別紙(一)の第1表及び第2表に示された合金)であること、右合金重量で〇・七ないし四%のハフニウムを添加すること、七六〇℃の応力下における向上した先行クリープパーセントを示すという性質を具備すること」という構成を容易に想到し得るものと解することはできないことは明らかである。したがつて、かかる事項を検討することなく、本願発明の進歩性を否定した本件審決は、この点において既に取消を免れない。
なお、本件審決は、相違点(イ)について、引用例記載の特殊な熱処理を施した後のニツケル基合金の強度、並びに高温における耐クリープ特性について試験したデータ(引用例第三頁上部の表)を根拠に、また、ハフニウムを本願第一発明の合金と同程度含有する場合には両者の構成は一致するとの前提のもとに、本願第一発明の合金の機械的性質は引用例の合金も保有しているものと認められ、両者の間には特に顕著な差があるとは認められないと認定判断している。しかし、前掲甲第三号証によれば、引用例記載のデータのうち、伸びや引張り強度及び耐衝撃性の測定については、右測定の際の温度状態が記載されていないから、右測定が本願第一発明の合金が特に改善すべき対象としている七〇四ないし八七一℃のような高温下において行われた結果であると解すべき根拠はないし、また、曲げ角度やクリープ寿命についての測定も、九八〇℃という、本願第一発明の合金の展性改善対象温度(中間温度)よりも高い温度での試験であるから、右のデータから直ちに引用例の合金が約一〇三八℃までの温度で応力下に使用されているもので、かつ、七〇四ないし八七一℃の温度範囲における展性、及び七六〇℃の応力下における先行クリープパーセントの値において優れていることが示されているものとはいえないから、引用例の前記試験データが、本件審決が判断するように、本願第一発明の合金と引用例の特殊な加熱処理を施した合金の合金の機械的性質の同一性を示す裏付けとなるものとはいえないし、ましてや、本願第一発明の合金と引用例の右熱処理前の合金の機械的性質の同一性を示すものでないことは明らかであるから、同じくガスタービン等に用いられるとはいえ、展性、高温強度、耐クリープ性等について本願第一発明の合金と引用例の合金とを同列に論ずることは相当でなく、また、前認定のとおり、本願第一発明の合金は、ハフニウムが中間温度の展性を改善する元素として作用する合金であつて、ハフニウムのそうした作用は、ハフニウムを添加する対象となる合金の組成如何によつて決せられるものであるところ、引用例には、ハフニウムが硬化元素として作用する合金だけが開示されているにすぎないのである。かかる事案において、そうした合金の性質の違いをもたらす組成について検討することなく、単に合金の組成を形式的に対比して、両者間には特に顕著な差がないとする認定判断は、「両合金はその組成について本質的に異なるところがない」とした一致点の認定判断とともに、相当であるとは認めることはできない。
3 叙上の事実によれば、本件審決は、本願第一発明の合金におけるハフニウムのもつ技術的意義を看過し、引用例の記載事項を誤認、看過したことから、本願第一発明の進歩性を否定したもので、その判断の誤りが本件審決の結論に影響を与えることは明らかである。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の請求は理由があるものということができる。よつて、これを認容することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
1 約一〇三八℃までの温度で応力下に使用するニツケル基鋳造合金であつて、重量で七~一三%のクロム、三五%までのコバルト、八%までのモリブデン、一四%までのタングステン、六%未満のタンタル、(タングステン、モリブデンおよびタンタルの合計量の最大は一四%とする)、四~七%のアルミニウム、〇・五~六%のチタン、(アルミニウムおよびチタンの合計量は六・二%より大とする)、三%までのコロンビウム、一・五%までのバナジウム、〇・〇二%までのホウ素、〇・二%までのジルコニウム、少くとも〇・〇二%の炭素および〇・七~四%のハフニウムを含有し、残りは僅少量の不純物を別として本質的にニツケルから成り、このニツケルは少くとも三六%存在し、かつハフニウム含量は上記〇・七~四%の範囲内で室温における伸びを改善する量であり、この合金は鋳造状態でガンマ初期相および共晶ガンマ初期相を有し、含有ハフニウムの効果として、同様に構成したハフニウムを欠く合金と比較した場合、鋳造後固化した状態で約七〇四℃~約八七一℃の温度における改善された展性および鋳造合金から機械加工により得た試験片に関して七六〇℃の応力下における向上した先行クリープパーセントを示す合金。(以下「本願第一発明」という。)
2 約一〇三八℃までの温度で応力下に使用するに適合し、かつ約七〇四℃~約八七一℃の温度での改善された展性および鋳造合金から機械加工により得た試験片に関して七六〇℃の応力下における向上した先行クリープパーセントを有するインベストメント鋳造金物の製造方法であつて、重量で七~一三%のクロム、三五%までのコバルト、八%までのモリブデン、一四%までのタングステン、六%未満のタンタル、(タングステン、モリブデンおよびタンタルの合計量の最大は一四%とする)、四~七%のアルミニウム、〇・五~六%のチタン、(アルミニウムおよびチタンの合計量は六・二%より大とする)、三%までのコロンビウム、一・五%までのバナジウム、〇・〇二%までのホウ素、〇・二%までのジルコニウム、少くとも〇・〇二%の炭素および〇・七~四%のハフニウムを含有し、残りは僅少量の不純物を別として本質的にニツケルから成り、このニツケルは少くとも三六%存在し、この合金は固化状態でガンマ初期相を有し、ハフニウム含量は上記〇・七~四%の範囲内で室温における伸びを改善する量であることを特徴とする方法。(以下「本願第二発明」という。)